大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成2年(行ウ)19号 判決 1996年3月27日

京都市西京区山田六ノ坪町二-二

原告

大島健一

右訴訟代理人弁護士

渡辺馨

森川明

藤浦龍治

京都市右京区西院上花田町一〇番地一

被告

右京税務署長 板橋三郎

右指定代理人

本田晃

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、原告に対し、平成元年三月一日付けでした原告の昭和六〇年ないし六二年(以下「本件係争各年」という。)分の各所得税更正処分(但し、裁決により一部取消後のもの)のうち、総所得金額(事業所得金額)が、

昭和六〇年分については、一五六万四六八五円

昭和六一年分については、一五六万円

昭和六二年分については、一一五万円

を各超える部分及びこれらに対する過少申告加算税の各賦課決定処分をいずれも取り消す。

第二事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、原告が、被告のした本件係争各年分の各所得税更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)に調査手続上の違法及び総所得金額を過大に認定した違法があるとして、その取消を求めた抗告訴訟である。

二  前提事実(争いがない事実)

1  原告は肩書住所地(以下「原告方」という。)において、大島工芸という屋号でろうけつ染加工業を営む、いわゆる白色申告者である。

2  原告の本件係争各年分の所得税の確定申告、更正処分、異議申立て、異議決定、審査請求、裁決の経緯は、別表1「課税の経緯」記載のとおりである。

三  争点

1  調査手続の適法性

(一) 調査目的

(二) 事前通知及び調査理由の告知

(三) 第三者の立会い

(四) 反面調査の補充性及び範囲

2  本件推計課税の必要性

3  本件推計課税の合理性

四  争点に関する原告の主張

1  調査手続の適法性(争点1)について

被告は、次の違法な税務調査に基づき本件各処分をした。

(一) 調査目的

原告は、本件に先立ち、昭和六一年三月七日付けで、被告より昭和五七年ないし五九年分の各所得税更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分を受け、これを不服として京都地方裁判所昭和六三年(行ウ)第一号事件(以下「前件」という。)として争っていた。被告は、原告及びその妻大島清子が長年民主商工会の役員となってきたことに着目し、民主商工会を弱体化させようという違法な目的のもとに、被告に対する本件係争各年分の税務調査(以下「本件調査」という。)を、前件の訴訟の係属中に、追い打ち的に狙い打ちして行ったものである。

このような本件調査は、憲法二一条の保障する結社の自由を侵害するものとして違法である。

(二) 事前通知及び調査理由の告知

被告は、昭和六三年九月七日及び同月一二日、本件調査のため原告方へ臨場するに先立ち、事前通知をしなかった。

また、被告は、昭和六三年九月二八日、原告方へ臨場した際、調査理由の開示が問題となったにもかかわらず、所得金額の確認であるとの一般抽象的な理由を述べただけで、何ら具体的理由を述べなかった。

所得税法の定める質問検査権等に基づく税務調査は、原則として任意調査であり、かつ、調査対象者の営業活動あるいは私生活の平穏に影響を及ぼすものであるから、税務調査を担当する職員は、調査対象者が調査に協力するか否か判断できるように、調査対象者に対し、事前に調査の日時・場所等を通知するとともに、具体的事情に鑑み調査の客観的必要性のあることを説明しなければならない。にもかかわらず、本件調査は、事前通知及び調査の具体的理由開示を欠き、違法である。

(三) 第三者の立会い

職員は、昭和六三年九月二八日、原告方へ臨場した際、理由も示さず第三者の立会いを拒否した。

税務調査は、原則として任意調査であるから、調査対象者が第三者の立会いを求めることも自由であり、むしろ立会いを認めることが調査手続きの適正確保のために要請されているというべきである。本件調査を行った職員は、頭から立会い自体認められないという態度を採っており、右職員の立会拒否は、職員の裁量権限に照らして合理的な選択をしたものでないことが明らかであるから、本件調査は違法である。

(四) 反面調査の補充性及び範囲

反面調査は、納税者の調査だけで課税標準及び税額等の内容を把握できないことが明らかになった場合に限って、かつ、その限度において許容されるものである。また、反面調査は、より妥当な手段を用いてはじめて許容されるものである。しかし、本件調査を行った職員は、昭和六三年九月二八日、原告方へ臨場した際、原告調査理由の開示を求めたことを捉えて反面調査に入る旨宣告し、同年一一月八日には、反面調査を開始しており、右要件を欠いている点において違法である。

また、職員は、反面調査において、調査の対象となった取引先に対し、原告と右取引先との取引内容についてだけでなく、原告と他の取引先との取引内容についての詮索も行っており、許される質問検査の範囲を逸脱している点において違法である。

2  本件推計課税の必要性(争点2)について

被告が行った原告の事業所得金額の推計は、前示違法な税務調査に基づくうえ、第三者の立会いを理由に原告に対する調査を全く行わず、調査を十分に尽くしたといえないから推計の必要性がない。

なお、原告は、昭和六三年九月二八日の調査において、本件係争各年の原始記録、帳簿、請求書、領収書等と、自主計算用紙とを用意していたにもかかわらず、税務調査を担当した職員は、原告の面前での税務調査を拒否したものである。

3  本件推計課税の合理性(争点3)について

(一) 被告が主張する原告の売上金額、特別経費の額、事業所得の額は否認する。算出された所得金額は高額に過ぎる。各所得金額の計算式については不知。原告が昭和四四年ころ居宅等を取得したこと、同資産の昭和五七年分の固定資産税評価額が一九二万三五〇〇円とされていること、原告の本件係争各年分における事業専従者控除額が別紙2の<5>欄「事業専従者控除額」に各記載のとおりであることは認める。

(二) 同業者の類似性等

(1) 原告の本件係争各年分における雇人費及び外注費は、別表7のとおりであり、そのうち雇人及び雇人費の内訳は別表8のとおり、外注先及び外注費の内訳は別表9のとおりである。

原告は、常着といわれる加工着尺、加工羽尺を加工しており、売上原価及び一般経費中に占める雇人費及び外注費の割合は八〇ないし八五パーセントにものぼる。

しかし、被告抽出の同業者(以下「抽出業者」という。)の売上原価及び一般経費中に占める雇人費及び外注費の割合は極端に低い。また、抽出業者の売上金額は、別紙6記載の(6)の条件にあてはまるものであるが、右抽出業者の売上金額では、原告の雇人費及び外注費の支払にも事欠く状態となる。

すなわち、原告の業態・事業規模と抽出業者のそれとは大きく異なるのであり、類似性がない。

(2) また、抽出業者間の算出所得金額、算出所得率にも大きな格差があり、相互に類似性がない。

(3) また、被告が本件で用いた平均算出所得率は、前件のそれ(別紙10記載のとおり。)より、一〇パーセント以上も高い。原告は、昭和五七ないし五九年と本件係争各年とで、基本的に同様の経営活動を展開しているのであり、右所得率の上昇は不合理である。すなわち、被告のした同業者の抽出は、平均算出所得率を上昇させるための恣意がある。

(4) 抽出業者は青色申告者であるが、一般に青色申告者の修正申告も多くあり、必ずしも数値の正確性が担保されているとはいえない。

(三) 推計課税の合理性に対する反証の程度

実額課税における課税標準の立証責任は、憲法二九条及び同法八四条に照らして、また、当事者の公平という観点から、課税庁側にある。推計課税は、間接事実・標準率・基準値等から収入金額・必要経費を事実上の推定によって補足するものであり、実額課税と、過程・方法は異なるが、納税義務者の課税標準額の補足という目的は同じであるから、推計課税の場合の課税標準の立証責任も、やはり課税庁側にある。

したがって、納税義務者の反証としては、課税庁の立証に基づく推計の必要性及び合理性を動揺させれば足りるのであって、その一つの方法として、右事実上の推定を疑わしいとする程度に個々の売上ないし経費を主張立証すれば足りる。すなわち、納税義務者側で、売上及び経費の双方について洩れのない全ての実額を主張立証する必要はないのである。

原告は、右記(二)のとおり、雇人費及び外注費を主張し、抽出業者の類似性等について被告の推計の合理性を動揺させ、被告主張の推計による課税標準を疑わしめているのであるから、反証として足りる。

五  争点に関する被告の主張

1  調査手続の適法性(争点1)について

(一) 調査目的

本件調査の目的は、原告の本件係争各年分の各確定申告書に記載された所得金額が適正なものであるかを確認することであり、何ら違法な目的をもって行われたものではない。

(二) 事前通知及び調査理由の告知

税務職員が所得税法二三四条一項所定の質問検査権を行使するに際し、質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられている。調査の日時を事前に通知することは法律上の要件ではないし、事前通知をしないで行った調査を違法とする余地はない。

また、調査の必要性は、調査権限を有する税務職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申告の体裁内容、帳簿等の帳簿保存状況、相手方の事業形態等諸般の具体的事情にかんがみて判断されるものであり、過少申告の疑いが存在する場合のみならず、申告の真実性、正確性を確認する必要がある場合をも含む。よって、原告は、具体的な理由の告知義務があることを前提として所得金額の確認である旨の告知では調査理由を告げたことにならず違法である旨主張するが、右主張は前提を欠き理由がない。

(三) 第三者の立会い

税務調査において調査対象者に第三者の立会いを要求する権利があると解すべき法令上の根拠はなく、具体的な調査の場において第三者の立会いを認めるか否かは、社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられている。したがって、職員が、第三者の立会いを拒否したことで直ちに違法と評価されることはない。

本件調査の経緯において、担当職員が第三者の立会いを認めなかったのは、税理士でない第三者の立会いを認めると、公務員の守秘義務に違反する可能性があり、また税理士法違反の行為を是認することにもなりかねないものと考えたからであり、こうした理由により第三者の立会いを拒否したことが違法と評価される余地はない。

(四) 反面調査の補充性及び範囲

租税債権債務関係においては、収入確保や租税負担の公平を実現しなければならず、反面調査の時期、範囲、程度等は、税務職員の合理的な裁量に委ねられており、反面調査は、納税義務者自身に対する調査が不可能な場合に限られるものではない。

原告は、前件の調査の際、第三者の立会いを終始要求して更正処分等がなされるに至っていた上、本件調査においても第三者を立ち会わせなければ調査に応じようとしなかったのであるから、担当職員が、原告の右態度が今後も引き続く可能性が高いものと判断して反面調査を行うことは、合理的な判断である。

また、税務職員が、調査に協力しない納税義務者について、反面調査先で情報の収集を行うことは、職責の一部であり、反面調査先に対する発問が、反面調査先と納税義務者との取引のみに限定されるものではない。

(五) そもそも、国税通則法二四条、所得税法二三四条ないし二三六条に規定された調査の手続きは、課税庁が課税要件の内容をなす具体的事実の存否を調査するための手続きにすぎず、この調査手続自体が課税要件となるものではないし、更正処分等の取消訴訟は、客観的な所得の存否を争う訴訟であるから、たとえ違法な調査手続きによって収集された資料に基づいて右処分がされた場合であっても、当該処分が客観的な所得金額に合致する限り、原則として課税処分の効力を左右するものではなく、ただ、調査手続の違法性の程度が刑罰法令に触れたり、あるいは公序良俗に反する程度に至った場合には、これによって収集された資料を課税処分の資料として用いることができず、ひいては課税処分が違法として取り消されるにすぎない。

本件調査において、担当職員が明らかに刑罰法令に触れたり、あるいは公序良俗に反する程度に至るほど、その裁量権を逸脱・濫用したと認めるべき事情は一切存しない。

2  本件推計課税の必要性(争点2)について

(一) 原告は、本件係争各年分の所得税の各確定申告書を提出したが、右各確定申告書には所得金額と事業専従者控除額が記載されているだけで、収入金額及び必要経費の記載を全く欠き、所得金額計算の根拠が不明確なものであった。

被告は、右各確定申告書に記載された本件係争各年分の所得金額が、適正なものであるか否かを確認するため、部下職員(以下「担当職員」という。)をして、原告の所得税調査に当たらせた。

担当職員は、昭和六三年九月七日から平成元年二月二〇日の間に、原告方に臨場(七回)、右京税務署内で面接(一回)し、原告からの架電(一回)に対して、原告又はその妻に対し、帳簿書類の提示等税務調査に対する協力を求めた。しかしながら、原告は、調査理由の開示を求め、第三者の立会いのない場所で帳簿書類を提示することを拒否するなどして税務調査に協力しなかった。

(二) このため、被告は、やむを得ず、原告の取引先等に対する反面調査を行い、推計により算定した金額に基づき本件各処分を行った。

(三) したがって、本件につき、推計の必要性が存在する。

3  本件推計課税の合理性(争点3)について

被告は、原告の本件係争各年分の事業所得の金額を算定するにあたり、同業者の平均算出所得率を適用したが、右同業者の抽出経緯及びそれに基づく推計が合理的であることは、左のとおりである。

(一) 同業者の抽出経緯

(1) 大阪国税局長は、被告に対し、本件係争各年分を通じて別紙6記載の各条件のいずれにも該当するすべての者を抽出し、報告するよう通達指示したところ、被告から報告を受けた同業者数は一名であった。

そこで、大阪国税局長は、再度、上京、中京、下京、右京、東山、左京、伏見、宇治及び園部の各税務署長に対し、本件係争各年分を通じて別紙6記載の各条件(但し、(4)の条件については、「事業者が上京署、中京署、下京署、右京署、東山署、左京署、伏見署、宇治署及び園部署のいずれかの管内にあること。」と変更)のいずれにも該当するすべての者を抽出し、報告するよう通達指示したところ、各税務署長から報告を受けた同業者は、別紙4のとおりであり、その総数は、五名であった。

(2) 別紙6記載の各条件は、原告の事業内容に基づき設定したものであり、右条件に基づいて抽出された同業者は、原告と業種、業態、事業規模及び立地条件等において類似性を有し、しかも、その数値は申告に基づいて正確性の裏付けを有する青色申告者に係るものであるから、その金額等の算出の根拠となった資料は、すべて正確なものである。

抽出された同業者数は五名であり、各同業者の個別性を捨象して平均化するに足りる。また、同業者の抽出は、大阪国税局長が発した前記通達に基づいて、各税務署長が機械的に右抽出基準に該当する者のすべてを抽出したものであるから、その抽出に当たって恣意の介入する余地がない。

(3) したがって、右のように抽出された同業者の算出所得金額及び算出所得率等については業種の類似性及び数値の正確性等、推計の基礎的要素を充足しており、被告が、これらを用いて原告の本件係争各年分の事業所得の金額を推計したことには合理性がある。

(二) 事業所得の金額について

原告の本件係争各年分の事業所得の金額は、別表2「事業所得の金額の計算書」の<6>欄「事業所得の金額」に各記載のとおりであり、その算定方法は以下のとおりである。

(1) 売上金額

被告が把握し得た原告の本件係争各年分の売上金額は、別表2の<1>欄「売上金額」に各記載のとおりであるが、これらの金額の明細は、別表3「原告の売上金額」に各記載のとおりである。

(2) 算出所得金額

算出所得金額とは、売上金額から必要経費(特別経費である建物原価償却費、利子割引料、地代家賃、貸倒金、税理士報酬、固定資産等の除去損を除く)を控除した金額であり、原告の本件係争各年分の算出所得金額は、別表2の<3>欄「算出所得金額」に各記載のとおりである。

これらの金額は、右(1)記載の各売上金額に、別表4「同業者算出所得率一覧表」の<3>欄「算出所得率(各同業者の当該各年分の売上金額に対する算出所得金額の占める割合)」の平均値をそれぞれ乗じて算出したものである。

(3) 特別経費の額

原告は、昭和四四年に居宅等(木造瓦葺二階建及び鉄骨造スレート葺平屋建)を取得している。右取得資産のうち、事業用に使用している部分の減価償却費の額として、昭和六〇年分については六万四三九九円、昭和六一年分については六万〇六五一円、昭和六二年分については〇円が、本件係争各年分の特別経費となる。

なお、右各資産の取得価格が不明であるので、同資産の昭和五七年分の固定資産評価額(一九二万三五〇〇円)を取得価額とし、その六〇パーセントを事業用として算出した。

減価償却費の算出方法は、別表5「減価償却費の計算明細」に各記載のとおりである。

(4) 事業専従者控除額

原告の本件係争各年分の事業専従者控除額は、別表2の<5>欄「事業専従者控除額」に各記載のとおりである。これらの金額は、原告が本件係争各年分の所得税の確定申告書に記載した、原告の妻大島清子及び長男大島康史に係る事業専従者控除額の合計額である。

(5) 事業所得の金額

原告の本件係争各年分の事業所得の金額は、前記(2)記載の各算出所得金額から、前記(3)記載の特別経費及び前記(4)記載の事業専従者控除を差し引いて計算したものであり、これらの金額は、別表2の<6>欄「事業所得の金額」に各記載のとおり、昭和六〇年分が四五六万四四〇六円、昭和六一年分が六〇九万四六二二円、昭和六二年分が六五〇万二一六七円である。

(三) 原告の主張に対する反論

(1) 雇人費及び外注費について

<1> 雇人費及び外注費の実額に関する原告の主張は、その算定の根拠となる資料であるノート、領収書、判取帳等に正確性及び信用性が欠けており、信用することができない。

<2> なお、原告の実弟である大島俊美が雇人であり、給与を支給されていたとの主張は、否認する。大島俊美は昭和五六年ころから原告と同居しており、生計を一にしていた親族に該当するから、所得税法五六条により、大島俊美に対する支払は必要経費に参入されない。

(2) 同業者の類似性

<1> 原告は、原告の売上原価及び一般経費中に占める雇人費及び外注費の割合と抽出業者のそれとが大きく異なる、また、抽出業者の売上金額では原告の雇人費及び外注費の支払にも事欠くとして、原告の業態・事業規模と抽出業者のそれとは大きく異なり、類似性がないと主張する。

しかし、原告主張の雇人費及び外注費に原告主張の本件係争各年分の所得金額(確定申告に係る金額)を加えると、被告が反面調査により把握した原告の収入金額を大幅に上回る結果となり、仮に、それが正しいものであるとすれば、被告が反面調査により把握した以上の売上があることになるところ、原告は、この点にかかる総収入金額と必要経費の総額を個々の対応関係を含め一切主張立証していない。

すなわち、原告の主張する売上原価及び一般経費中に占める雇人費及び外注費の割合は、根拠に欠けており、信用することができない。

<2> 一般に同業者の所得率の平均値による推計の場合、推計の基礎となる各同業者間に営業上の諸形態の差異があるのは当然のことであり、所得率の平均値を算出する過程において、右差異は捨象され、同業者率(所得率)の平均値に包摂される。右差異が、平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著でないかぎり、推計が不合理であることにはならない。そして、当該納税義務者において、平均値によることを得ない特殊事情の存することを主張立証しない限り、これを斟酌する必要はないところ、原告の主張において、そのような特殊事情の存することをうかがうことはできない。

(3) 推計課税の合理性に対する反証の程度

課税処分取消訴訟の審理の対象は、課税処分において確定された税額が、租税実体法によって客観的、抽象的に定まっている税額を超えているか否かにある。そして、推計課税は、課税標準を実額で把握することが困難な場合、税負担公平の観点から、実額課税の代替的手段として課税庁に許容された実体法上の制度であり、実額近似値を求めうる程度の一応の合理性があれば足りるのであるから、被告が、前件で採用した同業者の平均算出所得率と、本件のそれとの間に約一割の差異があるとしても、直ちに本件の推計の合理性が否定されるものではない。

第三争点の判断

一  調査手続の適法性(争点1)について

1  所得税法二三四条一項所定の質問検査による税務調査は、租税実体法によって成立した抽象的な納税義務を具体的に確定するための事実行為であって、課税処分とは本来別個のものである。したがって、調査手続きの違法は、それが刑罰法令に触れたり、あるいは公序良俗に反する程度に至った場合等およそ税務調査を行ったとはいえないと評価されるほど違法性の程度が著しい場合を除いては、課税処分の取消事由にはならないものと解するのが相当である。

そうすると、調査実施の日時場所の事前通知の欠如、調査理由及び必要性の個別的・具体的な告知の欠如、第三者の立会い拒否等があったとしても、質問検査権行使の過程に本件各処分の取消事由となるような重大な違法があるとは認められないから、主張自体失当というべきである。

のみならず、調査実施の日時場所の事前通知、調査理由及び必要性の個別的・具体的な告知、第三者の立会い等は、質問検査を行う上で法律上一律の要件とされているものではなく、質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量においては社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限のある税務職員の合理的な選択に委ねられている(最決昭四八・七・一〇刑集二七巻七号一二〇五頁、最決昭五八・七・一四訟務月報三〇巻一号一五一頁参照)。

また、いわゆる反面調査とは、税務職員の質問検査権の一態様として認められている権限であり、特に納税義務者の承諾を得る必要はなく、質問検査を必要とする客観的理由が存在する限り、右の要件の下で調査を行うことができる。

2  これを本件についてみるに、本件全証拠によるも、担当職員が、本件調査に際し、実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的・具体的な告知をしなかったこと、第三者の立会いを認めなかったこと、原告の取引先に対し原告との取引以外の事柄について発問したことなどにつき、担当職員に裁量権の濫用があるとか、本件調査の方法や程度が、原告との利益衡量において、社会通念上相当な限度を越え違法であるとすべき事実を認めることはできない。

よって、本件調査に実施の日時場所の事前通知を欠くこと、調査の理由及び必要性の個別的・具体的な告知を欠くこと、第三者の立会いを認めなかったこと、及び、原告の取引先に対し原告との取引以外の事柄について発問した等といった調査の違法を理由として、課税処分の取消を請求する原告の主張は失当である。

3  また、証拠(証人大島清子、原告本人)によるも、本件調査が民主商工会を弱体化させようという違法な目的の下に行われたものであると認定するに足らず、他に右事実を認定するに足る証拠はなく、本件調査の目的に違法があるとする原告の主張は理由がない。

二  本件推計課税の必要性(争点2)について

証拠(証人児美川哲也、同大島清子、原告本人)、弁論の全趣旨によれば、被告の主張2(一)の事実が認められる。

したがって、被告が原告の本件係争各年分の各所得税を算出するについて、推計課税を行う必要があったことが認められ、これに反する証人大島清子の尋問の結果(一部)及び原告本人尋問の結果(一部)は、信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  本件推計課税の合理性(争点3)について

1  同業者の抽出経緯

証拠(乙四ないし一五、証人松井勝也)によれば、被告の主張3(一)(1)の事実が認められる。

右同業者の選定基準は、業種の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性、業態の類似性等の点で同業者の類似性を判別する要件として合理的なものである。その抽出作業について、被告あるいは大阪国税局長の恣意の介在する余地は認められず、かつ、右調査の結果の数値は青色申告書に基づいたもので、その申告が確定しており信頼性が高い、抽出業者数も五名であるから、各同業者の個別性を平均化するに足りるものである。そして、右各同業者の本件係争各年分の売上金額、算出所得金額、算出所得率は、別表4に各記載のとおりである。

したがって、右各同業者の算出所得率の平均値を基礎に算出された原告の本件係争各年分の事業所得金額の推計には、特段の事情のない限り、合理性があるものということができる。

2  推計による事業所得金額の計算

(一) 売上金額及び算出所得金額

証拠(乙一六の一及び二、一七ないし二二、二四ないし三七、証人松井勝也)によれば、別表3に各記載の原告の本件係争各年分の売上金額(但し、吉村染匠に対する売上金額を除く。)が認められ、証拠(乙二三、証人松井勝也)によれば、吉村染匠に対する売上金額が、少なくとも、昭和六〇年分については二〇万円、昭和六一年分については二〇〇万円、昭和六二年分については一五〇万円あることが認められ、原告の本件係争各年分の売上金額は、別表11「原告の売上金額の認定」の合計欄に各記載のとおりとなる。右認定事実及び前記1認定の事実によれば、原告の本件係争各年分の売上金額及び算出所得金額は、別表12「事業所得の金額の認定」の<1>欄「売上金額」及び<3>欄「算出所得金額」に各記載の額となる。

(二) 特別経費の額

原告が昭和四四年ころ居宅等(木造瓦葺二階建及び鉄骨造スレート葺平屋建)を取得したこと、同資産の昭和五七年分の固定資産評価額が一九二万三五〇〇円とされていることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、右取得資産全体の事業用割合は六〇パーセント以下であると認めるのが相当である。

右当事者間に争いのない事実及び認定事実を総合すると、取得資産のうち、事業用に使用している部分の減価償却費の額は、別表5に記載のとおり、昭和六〇年分については六万四三九九円、昭和六一年分については六万〇六五一円、昭和六二年分については〇円である。右の額が、原告の本件係争各年分の特別経費の額となり、別表2の<4>欄「特別経費」に各記載の額と同額である。

(三) 事業専従者控除額

原告の本件係争各年分の事業専従者控除額は、当事者間に争いがなく、昭和六〇年分及び昭和六一年分がいずれも大島清子について申告された四五万円、昭和六二年分は大島清子及び大島康史について申告された一〇五万円であって、別表2の<5>欄「事業専従者控除額」に各記載の額と同額である。

(四) 事業所得の金額

以上のとおりであるから、原告の本件係争各年分の事業所得の金額は、前記(一)の算出所得金額から、前記(二)の特別経費及び右記(三)の事業専従者控除額を差し引いて算定できるが、その金額は、別表12の<6>欄「事業所得の金額」に各記載の額のとおり、昭和六〇年分が四五六万四四〇六円、昭和六一年分が五七五万三一二二円、昭和六二年分が六三三万八二四二円となる。

3  同業者の類似性等について

(一) 原告は、原告の本件係争各年分の雇人費及び外注費を実額で主張し、原告の売上原価及び一般経費中に占める雇人費及び外注費の割合が、抽出業者のそれよりも格段に高く、また、抽出業者の中には、その売上金額が原告の雇人費及び外注費の合計額にも満たないような、事業規模の不適切なものが含まれているとして、原告の業態・事業規模の特殊性を主張する。さらには、各抽出業者の算出所得金額、算出所得率に格差があることから、被告の推計には合理性がないと主張する。

そこで、検討するに、推計による所得金額の算出においては、その性質上、各同業者の営業上の諸要素に差があるのは当然であって、同業者の間に通常存在する程度の営業条件の差異は、それが平均値による推計自体を不合理ならしめる程顕著なものでない限り、平均値算出過程において捨象され、平均値の中に吸収されるものである。そして、右平均値の中に吸収されず、推計による所得金額の算出を不合理ならしめる程顕著な特殊事情は、原告において、具体的根拠を示して立証しなければならない。

本件において、原告は、雇人費及び外注費のみを実額で主張し、所得率を算出する前提である総収入金額、必要経費の総額及び個々の対応関係を実額で主張立証しておらず、また、加工着尺、加工羽尺を取り扱う業者の売上原価及び一般経費中に占める雇人費及び外注費の割合が、他の同業者に比して高いことについて原告の供述以外に的確な裏付けはなく、他に原告の売上原価及び一般経費中に占める雇人費及び外注費の割合が原告主張のとおりであると認めるに足りる証拠はない。よって、原告の売上原価及び一般経費中に占める雇人費及び外注費の割合を前提として、原告の業態の特殊事情とする原告の主張は、前提を欠いており、失当である。

そして、抽出業者の中には、その売上金額が原告主張の雇人費及び外注費の合計額に満たないものが含まれていること、抽出業者間の算出所得金額、算出所得率の格差があることが、平均値による推計を不合理ならしめる特殊事情であることについて、的確な裏付けはなく、原告の右主張は採用できない。

(二) また、原告は、本件に係る抽出業者の平均算出所得率が、前件に係るそれより約一割も高くなっていることから、被告による同業者の抽出に恣意があると主張するが、本件類似同業者の抽出経緯は、前認定のとおりであって、なんら恣意があるとは認められず、右主張は採用できない。

(三) さらに、原告は、青色申告書であっても修正申告も多くなされ、必ずしも数値の正確性が担保されているものではないと主張するが、申告が確定した青色申告書の数値の信頼性が高いことは、前認定のとおりであって、原告の右主張は採用できない。

4  推計課税の合理性に対する反証の程度について

なお、原告は推計課税の場合の課税標準の立証責任は被告課税庁側にあるので、納税義務者の反証としては、事実上の推定を疑わしいとする程度に個々の売上ないし経費を主張立証すれば足りると主張する。

しかし、そもそも、推計課税(所得税法一五六条)は、課税標準を実額で把握することが困難な場合、税負担公平の観点から、実額課税の補充的代替的手段として、合理的な推計の方法で課税標準を算定することを課税庁に許容した実体法上の制度と解するのが相当である。そうすると、推計課税は、実体法上、実額課税とは別に課税庁に所得の算定を許す行為規範を認めたものであって、事実の所得を事実上の推定によって認定するものではないから、その推計の結果が真実の所得と合致している必要はなく、実額近似値で足りる。したがって、推計方法の合理性も、真実の所得を算定しうる最も合理的なものである必要はなく、実額近似値を求めうる程度の一応の合理性で足りると解すべきである。

そうとすれば、他により真実の所得に近い値を算定する可能性があるとしても、課税庁の採用した推計方法に実額課税の補充的代替的手段にふさわしい一応の合理性が認められれば、推計課税は適法というべきであり、他方、納税義務者は、課税標準を実額で把握することが可能な程度に実額反証、もしくは、推計自体を不合理ならしめる程顕著な特殊事情を主張立証しない限り、反証は認められず、事実上の推定を疑わしめるだけでは足りないというべきである。

そして、被告主張の推計課税が一応合理的であることは、前認定のとおりであるから、原告の推計課税の合理性に対する反証に関する主張は、主張自体失当といわざるをえない。

第四結論

以上のとおりであるから、本件調査に推計課税の取消事由となる違法は認められず、被告の推計には必要性、合理性が認められる。そして、被告の推計による本件各処分は、いずれも第三の三2(四)の各事業所得の金額の範囲内でなされた適法な処分であり、これに違法な点はない。

よって、原告の本件各請求は、理由がないから、いずれも棄却する。

(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 中村隆次 裁判官 池上尚子)

別表1

課税の経緯

<省略>

別表2

事業所得の金額の計算書

<省略>

別表3

原告の売上金額

<省略>

別表4

同業者算出所得率一覧表

<省略>

<省略>

<省略>

別表5

減価償却費の計算明細

<省略>

別紙6

(1) 青色申告書により所得税の確定申告書を提出していること。

(2) 染色加工業者で、ろうけつ染(手描)加工業を営む者であること。

(3) 右記以外の業種目を兼業していないこと。

(4) 事業所が自署管内にあること。

(5) 年間を通じて事業を継続して営んでいること。

(6) 売上金額が三七〇万円以上、一八〇〇万円未満であること。

なお、売上金額の範囲は、原告の売上金額が、昭和六〇年分が七六一万八九七〇円、同六一年分は九六七万九七一円、同六二年分は一一五一万七七一七円であることから、上限を同六二年分のおおむね一・五倍、下限を同六〇年分のおおむね〇・五倍としたものである。

(7) 雇人費又は外注費の支払があること。

(8) 事業専従者が一名ないし二名であること。

(9) 対象年分の所得税について、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと。

別表7

<省略>

別表8

<省略>

別表9

<省略>

別紙10

昭和五七年 五二・九八パーセント

昭和五八年 五六・三七パーセント

昭和五九年 五八・八二パーセント

別表11

原告の売上金額の認定

<省略>

別表12

事業所得の金額の認定

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例